09.9月29日(火)心に車椅子は要らない

「結局は、俺の身体がこんなだから。すべては、そのせいなんだよ!」
ささいなことで、言い争ったときなど
兄が捨てゼリフのように言うときがあります。

そういうとき、私は猛然と反論します。
「それとこれとは別の問題だよ!
 全部一緒くたにして、身体が不自由だからって
 自分から、心まで不自由にすることないじゃない!!」
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兄が自己中心的な態度をとったり
母への労わりや配慮が足りないときなどに
よく、こういった諍いが起きてしまうのですが
「手は貸してあげられなくても、気なら遣ってあげられるでしょ」などと
小言を言っているうちに、上のような展開になってしまうのです。
第三者が聞いたら、随分ひどい妹だと思うかもしれません。
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身体が不自由であるということは
実際、あらゆる制限の中で生きねばならない、ということです。
それを重々分かっていながら
かつ、身体に障害のない妹の私が、あえてキツイ物言いをするのは
できるだけ兄を特別扱いしたくない、という気持ちが根底にあるからです。

自分自身で、できることが限られ、介護が必要な兄に対して
身体面では「特別扱い」しないわけにはいきません。
でも、メンタル面、精神の自由、心のあり方・・・そういった部分まで
「特別扱い」するのは、一個の人間と向き合ううえで
どうしても失礼な気がしてならないのです。
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うまく表現できないのですが・・・
私は兄に対して「かわいそう」という感情を持ちたくありません。
痛がったり苦しんだりしているときに
思わず「かわいそうに・・・」と言うときはあります。
でも、兄の人生そのものに対して「かわいそう」とは絶対思いたくありません。
「かわいそう」という気持ちは
上から下へ向かう感情のようで、嫌なのです。
介護する側、される側という関係であっても
どこにでもいる兄妹として、人として対等でありたいと考えています。

だから、兄が間違っていると思ったときは
ハッキリ指摘して、話し合います。
そして、お互いの言い分が噛み合わないときは
前述のような、きょうだい喧嘩になりますが
時間が経てば、お互いケロッとしてしまいます。
まぁ、普通のきょうだいなんだと思います。

※写真は、末期ガンの方へのお見舞いに差し上げたいと
 オーダー頂きました、お花です。

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by hanamichiru | 2009-09-29 15:50 | 介護
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